自己卵子での体外受精を重ねても結果が出ない。移植のたびに期待し、そのたびに落胆する。妊娠しても流産を繰り返してしまう。
そうした経過をたどるなかで、卵子提供という言葉に行き着く方は少なくありません。
卵子提供は、すべての方に必要な治療ではありません。今の治療を続けるという選択も、同じように尊重されるべきものです。ただ、選択肢として存在することを知らないまま時間が過ぎてしまうことだけは、避けていただきたいと私たちは考えています。
このページでは、卵子提供という治療の仕組み、台湾の法制度、対象となる方、実際の治療の流れ、そして日本語でのサポート体制について、できるだけ具体的にご説明します。
卵子提供とは
卵子提供とは、第三者の女性(卵子ドナー)から提供された卵子を用いて体外受精を行い、妊娠を目指す不妊治療です。
治療の流れそのものは、体外受精と大きく変わりません。
- 卵子ドナーから採卵する
- その卵子と、ご主人の精子を体外受精させる
- 胚(受精卵)を胚盤胞まで培養する
- 奥さまの子宮に胚を移植する
- 着床すれば妊娠成立
異なるのは、卵子の出どころだけです。妊娠期間を過ごすのも、出産するのも、その後お子さまを育てるのも、すべて奥さまご自身です。
生まれた子どもとの法的な関係
「自分の卵子ではないのに、自分の子どもと言えるのか」多くの方が最初に抱く問いです。
日本では2020年に成立した「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」により、第三者の卵子を用いて妊娠・出産した場合、出産した女性がその子の母であると定められました。ご夫婦の実子として戸籍に記載され、卵子ドナーが戸籍に登場することはありません。
台湾の人工生殖法においても、妻が同意のうえで夫の精子と提供卵子により妊娠・出産した子は、婚姻中の子(嫡出子)とみなされると規定されています。
卵子提供が選択肢になる医学的な背景
妊娠率の左右する「卵子の年齢」
女性の卵子は、生まれた時点で数が決まっています。年齢とともに数が減るだけでなく、質も変化します。
女性の卵子は、生まれた時点で数が決まっています。年齢とともに数が減るだけでなく、質も変化します。
とくに影響が大きいのが、染色体の分配ミスです。卵子が成熟する過程で染色体が正確に分かれる必要がありますが、加齢した卵子ではこの分配が乱れやすくなります。染色体に異常のある胚は着床しにくく、着床しても初期に流産となりやすいことが知られています。
胚盤胞のうち染色体数が正常なものの割合は、35歳前後を境に低下していきます。40歳では過半数の胚盤胞に染色体数の異常が認められ、40代半ばになると正常な胚盤胞が得られる確率はさらに低くなります。
これは努力や生活習慣の問題ではありません。加齢に伴う生物学的な変化です。
一方で、子宮の機能は急激には低下しない
卵子と対照的に、子宮は年齢による機能低下が緩やかです。子宮内膜が適切に整えられていれば、40代・50代であっても妊娠を維持できる可能性があります。
この「卵子と子宮の老化速度の違い」が、卵子提供という治療が成り立つ医学的な根拠です。染色体が正常な胚を移植した場合の着床率は、移植を受ける女性の年齢にかかわらず一定の水準を保つことが報告されており、若い卵子を用いる卵子提供で高い成績が期待できるのはこのためです。
ただし子宮の状態には個人差があります。子宮筋腫、腺筋症、内膜の癒着、既往の手術歴などによっては、事前の治療や検査が必要になる場合があります。
対象となる方
医学的に卵子提供が検討されるケース
- 年齢的に自己卵子での妊娠が難しくなってきた方
- 自己卵子による体外受精を繰り返しても、胚盤胞が得られない・移植に至らない方
- 流産を繰り返している方(反復流産・不育症)
- AMH値が極めて低く、卵巣機能の低下を指摘された方
- 早発卵巣不全(POI)・早発閉経と診断された方
- 手術・化学療法・放射線治療などにより排卵機能を失った方
- 卵巣の先天的な疾患により卵巣が正常に発育しなかった方
- 遺伝性疾患があり、PGT-A/PGT-Mでの対応が難しい方
台湾の法律上、治療を受けられる方の要件
台湾では、卵子提供を受けられる方の条件が人工生殖法に明記されています。国籍による制限はなく、日本にお住まいのご夫婦も対象となります。
| 要件 | 内容 |
| 婚姻関係 | 法律上の婚姻関係にあるご夫婦であること |
| 妊娠・出産の可否 | 妻がご自身の子宮で妊娠・出産できる状態であること |
| 医学的適応 | 夫婦の一方が不妊症と診断されている、または重大な遺伝子疾患を有すること |
| 生殖細胞 | 夫婦の少なくとも一方が健康な生殖細胞をもっていること |
| 同意 | 治療に関する説明を受けたうえで、夫婦双方の書面同意を行うこと。卵子提供の場合は詰めの書面同意も必要 |
| 公証 | 上記の同意書は公証人による交渉を受けること |
ご注意いただきたい点
「夫婦の少なくとも一方が健康な生殖細胞を持っていること」という要件があるため、卵子提供と精子提供を同時に受けることはできません。卵子提供を受ける場合、ご主人の精子を使用することが前提となります。
無精子症などでご主人の精子の使用が難しい場合は、事前の精液検査の結果によって治療方針が変わりますので、初回相談の段階でお知らせください。
台湾の卵子提供制度について
提供回数の制限
台湾では2007年に人工生殖法が制定され、卵子提供を含む生殖補助医療が国の管理下で実施されています。主管機関は衛生福利部で、実務は国民健康署が担っています。
日本の方にとって重要なのは、卵子提供が例外的な扱いではなく、法律に明記された正規の医療行為として位置づけられているという点です。実施できる医療機関は許可制で、許可の有効期限は3年間、更新には再申請が必要です。
国民健康署の統計によれば、2023年(民国112年)の生殖補助医療58,577周期のうち、3,259周期が提供卵子を用いた治療でした。決して珍しい治療ではなく、制度として定着していることがわかります。
2007年制定「人工生殖法」
台湾の制度でとくに厳格なのが、1人のドナーが関わることのできる家族の数の制限です。
人工生殖法第10条は、同一ドナーの生殖細胞を2組以上のご夫婦に同時に提供することを禁じています。さらに、あるご夫婦が妊娠に至った時点で、そのドナーの卵子の提供は停止されます。そして出産(活産)が確認された後は、残っている卵子は廃棄しなければならないと定められています(第21条)。
つまり、1人のドナーの提供によって生まれる子どもは、原則としてひとつのご家族の中に限られます。
この制限には2つの目的があります。
- 近親婚リスクの回避
同じ遺伝的背景を持つ子どもが社会に多数存在すると、将来その子どもたちが互いを知らないまま結婚してしまう可能性が高まります。国際的な生殖医療の倫理基準においても、1人のドナー由来の子どもの数を抑えることは重視されています。 - 商業化の防止
提供回数を制限することで、繰り返しの提供によって収入を得る構造が生じないようにしています。
海外には1人のドナーから多数の子どもが生まれる制度を持つ国もあり、後年になって問題化した事例が報じられています。台湾はこの点を法律で明確に制限しています。
国による事前審査
ドナーの選定はクリニックの判断だけで完結しません。
クリニックはドナーの資料とご夫婦の書類を国民健康署に提出し、法定要件を満たしているかの審査を受けます。この審査では、同一ドナーが過去に他の家族へ提供していないか、ご夫婦とドナーの間に法律で禁じられた親族関係がないか等が国のデータベースで照合されます。
審査には通常1か月程度を要します。この期間は法定の手続きであり、短縮することはできません。
ドナーの匿名性と、開示される情報
台湾の法律では、ドナーの個人情報は保護されます。
人工生殖法第13条により、医療機関がご夫婦に提供できるのは人種・肌の色・血液型の3項目です。氏名、住所、学歴、職業、顔写真といった個人を特定しうる情報は開示されません。
同じ条文で、ご夫婦が特定の人物をドナーに指定することも禁止されています。ドナー側から「この夫婦に提供したい」と指定することもできません。
患者様からのご希望を踏まえ、当院のドナー登録者の中からマッチングを行い、ご提案させていただきます。
ドナーには栄養費(99,000台湾ドル)の支給
ドナーは検査・投薬・採卵手術という負担を負います。そのためご夫婦は、国が定めた上限の範囲内で、ドナーの検査費・医療費・休業損失・交通費等を負担することが認められています。
卵子ドナーの場合、この上限は新台湾ドル99,000元と公告されています(人工生殖法第8条第2項に基づく公告)。これは卵子の対価ではなく、身体的負担と時間的損失に対する補償という位置づけです。
日本の状況との比較
日本国内で第三者からの卵子提供を受けることは、現状では非常に限られています。
親子関係については法律があり、2020年成立の民法特例法により、提供卵子で出産した女性が母となることが明確化されました。日本で出生届を出す際に問題が生じることはありません。
一方で、治療そのものを規律する法律はまだありません。
第三者からの精子・卵子提供による生殖補助医療の実施ルールを定める「特定生殖補助医療法案」は2025年2月に国会へ提出されましたが、審議に入らないまま廃案となりました。2026年5月時点で修正骨子案が検討されている段階で、成立には至っていません。
このため国内では、一部の民間団体を通じた限定的な枠組みが存在するのみで、匿名の第三者からの卵子提供を受けられる機会は極めて限られています。制度が整備された海外を選ぶ日本のご夫婦が多いのは、この状況が背景にあります。